
沖田のぬくもりの中に包まれてる神楽は、すやすやと寝息を立てている。そんな神楽の顔を見ながら、昨夜感情に身をまかせるように病み上がりの神楽を抱いてしまった事を後悔してた。
神楽の事になると、建前や前提が全て覆ってしまう。その事を今回沖田は嫌というほど味あわされた気分だった。
沙良と同じホテルに泊まったあの時、自分の事を信じれない神楽に腹をたてたのに、その思いを飲み込んで耐えてた事に対して怒りをぶつけるなんてどうかしてる。
じゃあどうすればよかったんだと泣いた神楽の感情はもっともだった。
その答えが自分でも出せなくて、思いのままに神楽を抱いた。
にもかかわらず、神楽の身体はそんなぐちゃぐちゃな思いさえ嬉しいとばかりにその愛撫に応えたのだ。
そんな思いで神楽の頬にふれると、ぴくりとまぶたが動いた。
「ん……起きたアルか?」
「まだ寝てろ……昨夜は無理させちまって悪かった」
沖田がそういうと、思い出したように神楽の顔は赤く染まった。
昨夜の沖田は、感情を全部ぶつけるかのように自分を求めてきた。
いつもと違って全然余裕がないのに、そんな沖田の愛撫さえ愛しいと思ってしまう自分はきっと重症なんだと思ったのだ。
「べ、別に……私の身体はそんなにやわじゃないアル」
「どの口が言ってんでィ」
確かにそうだ。
普段使わない頭をモヤモヤと使わせてしまったせいか、はたまたあの日雨に濡れたせいかは分からないが、確かにやわな身体は悲鳴をあげて倒れてしまったのだ。
沖田にそう言われると反論できなくてぷうっと頬を膨らましてみる。
そんな神楽を見る沖田の瞳はとても優しく、神楽をぎゅっと抱きしめた。
それが嬉しくて背中に神楽が手をまわせば、柔らかい髪についばむような熱が落とされた。
それから二時間後、神楽はまた子と、沖田は近藤の事務所に行くから二人で支度をして出ることにした。
「まったく、準備にどれだけ時間がかかってんでィ」
「もうちょっとアル!すぐに行くから先に車に乗っててヨ!」
神楽の言葉にやれやれと沖田は出ると、ちょうど沙良と杏奈とかち合った。
先ほどまでの瞳は暗くなり、冷たい目で沙良を見る沖田
「ちょうどいいでさァ、お前らに言いたい事があったんでィ。いってえあれは何の真似でさァ」
沖田が言っているのは、先日の病院での出来事。
あの場に神楽がいて、優先すべきものがそこにあったから深くはツッコまなかったが、沖田からすればこの上なく不愉快なものでしかない。
神楽の代わりになる女なんかいない、まして自身にとって二人目の存在なんて一生作るつもりもないのに、あの看護師の言いぶりではいつの間にか二番手におさまった女がいるという。
「あ、あの……」
完全に委縮している沙良との間に入ったのは杏奈だった。
「ま、まあまあそんなに怒らないでくださいよ……ほら、お姫様抱っこなんかしてくれたから、こっちもちょっと期待しちゃったっていうか、良いなーみたいな感じでつい言っちゃったんです!ごめんなさい!」
ちょっとした冗談のつもりだったと杏奈は言ったが、沖田の目は更に冷ややかになった。
その冗談のせいで傷ついてる神楽の傷を、更にえぐるような事になってしまった。
百歩譲ってあの日の夜の事はあれ以外にどうしようもなかったが、こんな事なら助けるんじゃなかったと思わず胸の中で悪態をついた。
(冗談じゃねえでさァ……テメーらのせいであいつがどんだけ……)
思わず一言言ってやろうと思ったその瞬間、神楽がお待たせ!と出てきてしまった。
神楽は沙良と杏奈の顔をみるなり、あっと声をあげたけど、すぐに沖田の手にひかれた。
「いいから行くぞ」
「え?あ……ねえ、ちょっと待ってヨ!」
沖田の背中は早いスピードでその場を離れていく。そうすれば神楽がおのずとついていくと分かってるからだ。
これ以上神楽を傷つかせたくない。
そう思いながら沖田の足は駐車場へと急がせた。
車に乗ったあと、神楽は色々と聞きたいと思ったけど、沖田の顔が明らかに不機嫌だったので聞くのを止めた。
でもそのあとは普段の沖田に戻ったのでホッとした。
「どうせ夕方までくっちゃべってんだろ?6時ごろには帰るから買い物して帰ろうぜ」
「あ、うん分かったアル。それまでに何が食べたいか考えておくヨロシ」
「リクエストしたものを作ってくれるんですかィ」
「まあな!この通り復活したし任せておくネ!」
「へいへい、じゃあな」
得意げな神楽の顔をみるとふっと笑いながら沖田は神楽を車の中から見送った。
また子と待ち合わせのファミレスの前でおろしてもらった神楽の足は、そのレストランの中に入りすぐにまた子を見つけた。
席につくとまた子は、大げさなそぶりですぐに神楽に謝った
「本当ごめんっス!私のせいでせっかく神楽ちゃんが我慢してたのに全部無駄にしちゃって」
沖田への怒りの暴走のせいで、余計な事を口走ってしまった自覚のあるまた子は手をあわせてそう言った。
「ううん。むしろ良かったアル。私も変な意地はっちゃって良くなかったネ。それより私はまた子の方が心配アル。高杉とあれからどうアルか?あの杏奈って子から連絡とかあったアルか?」
「うーん。分からないんスよね。もし来てても当人は絶対言わないだろうし、かといって携帯をこっそり見てるのがバレたらマジでキレられそうだし……」
確かに相手はあの高杉だ。
仮に杏奈から連絡があったとしても、相手にもしなさそうだが間違いなくまた子に言う事はないだろう。
かと言って自分のスマホを勝手に見たともんなら、沖田の100倍恐ろしい目にあうに決まってる。
「ううう。ヤバイアル。考えただけでも背筋が凍りそうネ」
「そうでしょう?本当怖いんっスよ。でも気になって仕方ないのも本当で……」
神楽の言葉に同意しながらも、また子の本音はその表情に出てた。
「ねえ、また子。前に言ってた話、真剣に考えてみたらどうアル」
「話って?」
「ほら、私たちの隣の部屋がもうすぐ空くネ。だから高杉に一緒に住みたいって言ってみたらどうアルか?今だって半同棲みたいなもんなんだからきっと大丈夫ヨ」
確かに高杉は普段冷たいけど、その冷たさの中に高校の時からずっと変わらない想いがちゃんとあるのも知ってる。
だから真剣に話したら断らないはずだと思ったのだ。
「一緒に住みたくないアルか?私も援護射撃するから!ま、まあ隣同士だからお互いに気をつける事もいっぱいアルだろうけどネ」
そう言って顔を赤くする神楽の表情を見ると、何か察したかのようにまた子の顔も赤くなった。
「そ、そうっスね。お、お互い気をつけた方がいい事もアルっス……」
友人の夜の顔を一瞬でも想像してしまった事が恥ずかしくて、二人が思わずうつむいたけど、
「私……頑張ってみるっス」
とまた子が言った声に神楽はがばっと顔をあげた。
「うん!その意気アル!そうとなればさっそく作戦会議ネ!」
二人がそう言ってると、見知った顔が二つ入ってきた。
また子は思わずアッと声をあげそうになり、その声を喉の奥に飲み込んだ。
そんなまた子の様子に気づいた神楽はふとそちらの方を見た。
すると神楽の顔もまた一瞬止まった。
そこには沙良と杏奈が二人ですぐ近くのテーブルに座ったのが確認できた。好都合な事にこちらの事は気づかれてない。
サッと立って場所を変えよう、そう思って二人がバックを持った瞬間、聞こえてきた会話の内容に思わず手を止めた。
「大丈夫だって!沙良!まだチャンスはあるよ!頑張ろう!」
そう言ってるのは杏奈の声だ。
また子の言ってた通り、確かにこの女相当ポジティブ思考のようだ。今朝の沖田の表情からしてみても、期待をもたせるような態度は取ってなかったように見えた。
でもまだチャンスはあるなんて聞いて、平常心で居られるほど強くもなく動揺してたら更に会話が続いて、二人は信じられない言葉を聞いた。
「そこで思いついたんだけど、部屋の更新さ、しないでおこうよ!隣に住んでたら沙良も接点いろいろ作れるし、それにほら……私もあの人に会いたいしさ。なんか沖田先輩の知り合いみたいでちょくちょく来てるみたいなんだよね。頑張って私も強引にアタックするつもりだし、二人で頑張っちゃおうよ!」
そう声が聞こえた。
杏奈の声に沙良はどんな表情をしてるのか、こちらからは何も見えない。
でもだからこそ不安でたまらなかった。
自分の事で手一杯になる神楽のすぐ前でふとまた子を見てみると、そこには不安そうなまた子が居た。
先日、また子の不安な気持ちを聞いたばかりだった神楽は、何とかいつものまた子の調子を取り戻して欲しいと引っ越しの話をして、たった今二人の気持ちが同じ方向を向いたばかりだったのに、その足もとがガラガラと音を立てて崩れていく音がした。
あけましておめでとうございます。
今年もツンデレ様の作品を楽しみに待ってます。
また子ちゃんと高杉、神楽ちゃんと沖田くん、沙良ちゃんと杏奈ちゃんそれぞれこれからどうなってしまうの??と不安ですがこれからの展開を楽しみにしてます。